カテゴリ:2011年度

朝倉彫塑館収蔵庫訪問

朝倉彫塑館

リポーター : Y.T.

 今回の研修は、朝倉彫塑館収蔵庫にご縁があり、伺いました。

 当日、日暮里駅に集合し、生地問屋さんや小学校、民家などが立ち並ぶ、東京といってもとても静寂な下町の道を歩くこと20分…。大通りを少し入ったところに収蔵庫はありました。建物を見た瞬間、一つ驚いたことが…、当時「朝倉文夫さんに、作品を作ってもらうのは、ステイタス中のステイタス!」というほど、実力も評価も高い作家の「朝倉文夫さんの作品が、ココにあります。」と、言わんばかりに、建物に「朝倉彫塑館収蔵庫」と、書いてあります。大事な作品たちを、防犯上ひっそりと保管するのではなく、堂々と(!?)保管しているのがなんとも太っ腹で「さすが!大物!」と唸らせるものでした。(私だったら、気づかれないように、しまっておきます)

 収蔵庫の前で中へ声をかけようと待っていると、すこしふらつき、シャッターがガシャン、ガシャン…。「今日はスゴイ強風だ…」とのんきに思っていたら、みんな『地震だ…』と…。風じゃなかったのねっ!!少し心配していましたが、学芸員の村山万介さんが「休館で、たくさん作品が帰ってきているから散らかっていますが…」と、顔で迎えてくれました。早速中へお邪魔すると、1階に第1収蔵庫。ここは搬入出がしやすいように大物を保管しています。そのドアを開けてくださった瞬間…、薄暗がりから見える、大きな人!人!!人!!!「うわーっ!!コワイっ!!!」コレが、私の第一印象でした。だんだん気持ちが落ち着いたところで、よく見たり像と像の間にそっと入ってみたりすると、まるで自分が、こびとなったような気持ちです。見覚えのある顔がたくさん。そして石膏や胸像や足元だけの像も…。大きい像は組み立て式だそうです。運ぶのは大変だろうと気になっていると、「FRP素材のものは、2人でも運べる」とのこと。またブロンズは3mmまでと、薄さを競っていた時期もあり、日本の鋳造技術は高いとのこと…。まだまだ彫刻について知識の浅い私は、日本の技術の高さを全然知りませんでした。

 たくさんの驚きで心が忙しい中、大きなエレベーターに乗り2階へ。この収蔵庫は第5収蔵庫まであり、各フロアーが収蔵庫になっています。第2収蔵庫は60点ほどの全身像。第3収蔵庫は150点ほどの胸像・首像。第4収蔵庫は胸像など。朝倉文夫にデビューと同時に名声をも与えた大学の卒業制作の作品《進化》も…。第5収蔵庫は、旅(貸出)から帰ってきたばかりの晩年のシリーズ作品の《猫》たちが、38匹。小さい作品が収蔵されています。館内の空調は『乾燥』に設定。その理由は、針金や木で形を作り、滑り止めに棕櫚縄を巻きつけ、粘土で肉付けした型から取った石膏原型の中は角材と鉄をはっていて、角材が湿気を吸って膨張すると石膏を突き破ってしまうからだそう…。石膏ってそんなにデリケートなものだったとは…また石膏型はブロンズの着色をして展示をするそうなのですが、この着色が痛むのも理由の一つだそうです。鋳造にいたっては、現在、東京・金町と埼玉・川口の工場に依頼しており、年々少なくなっているそうです。朝倉彫塑館では、「作品」と「コピー」の区別という観点から、必ず鋳造年、鋳造者名を作品に入れています。基本的に石膏原型から鋳造できるのは3回までだそうで、痛みやすい石膏原型の状態を見ながら、作品を大切に残していくのです。

 また村山さんが各階でお話してくださる彫塑家・朝倉文夫の素顔が垣間見られるエピソードや、村山さんの朝倉作品への想いが感じられるトークがとても興味深いのです。2011年3月11日の東日本大震災の被害について。第3・4収蔵庫にある胸像・首像には、いまだに誰なのかわからない人が多いけれど、ご遺族からの依頼で判明することがあるほか、紳士録から、辿って行くことができるのではないか…、とか、38匹の帰ってきた《猫》たちを、説明してくださるのに、ひしめきあう《猫》たちの間をそっとつま先立ちで入り、手にとって説明してくださる仕草に朝倉作品に対しての村山さんの愛。朝倉文夫はドローイングやデッサンはせず、お弟子さん泣かせだったけれど、常に大好きな猫をひざに置き、撫でていたのは、猫の体を感覚で覚えていたのだろう…という作品製作過程での裏話。そして朝倉文夫は、肖像彫刻がステイタス・シンボルとなっていた時代とデビューする時代がマッチしたことで、名声を得、それを一言で、言い切る批評家が多いけれど、確かに、そうなんだけれど、本当は簡単に一言では言い切れないほどその裏づけが必ずある深い人であることを、顔をほころばせながらお話してくださった村山さんの作家・朝倉文夫への愛を強く感じました。

 現在、朝倉彫塑館は耐震補強と原型回帰改修のため2013年3月までの予定で休館していますが、朝倉文夫は自分で地下を掘って螺旋階段を作り、移動や大作の制作を容易にしたり、アトリエを制作のために改良したりしていたため、新しい発見がたくさんあるとのことで、休館がもう少し長引きそうだとのことです。まだ先ではありますが、再び開館した際には足を運ぼうと思います。

 今回の研修で、彫刻作品は実はたくさんの人の手に助けられ完成していることを知りました。そして作家自身がたくさんの人に愛されていてこそ、作品という形が成り立つのだと感じました。今後、彫刻作品を見た時にたくさんの想像が出来そうです。また彫刻ボランティアの活動でも、作品に関わってくださったたくさんの人の想いを汚さないよう、作品を良く知り、良い状態を維持できるようにしていきたいです。

*彫刻ボランティア担当学芸員より*
今回の研修会でお世話になりました朝倉彫塑館研究員・村山万介氏が3月にご逝去されました。朝倉文夫の芸術についてユーモアを交えてお話しくださった姿が忘れられず、突然の訃報に驚きを禁じ得ませんでした。彫刻ボランティア一同、心よりご冥福をお祈りしています。

彫刻あらいぐま、またまたまたまたまた参上!!!!!

埼玉県立近代美術館

リポーター : M.N.

 2011年であらいぐまワークショップは6回目を迎え、3組8名の親子の皆さんに参加していただきました。

 前日の強い雨が朝方まで残り、開催が心配されていた彫刻あらいぐまの日。重い雲は午前中にどこかへ消えてなくなり、午後にはすっかり晴れて洗浄日和となりました。

 洗浄方法についてまずは講座室にてスタッフから説明をしました。その後美術館から外に出たところで、洗浄にとりかかる前に公園内の野外クルーズに出ました。 

野外クルーズ
 参加者の皆さん全員で彫刻に親しみを持っていただけるようなクイズをしながら園内を回りました。フェルナンド・ボテロの《横たわる人物》ではその人物の髪型をあてるという問題。正面からだと意外に後ろまで気づかないですね。皆さんと後ろに回って答えを確かめました。山本信の《這うものたちの午後の眠り》にはたくさんのカラフルなタイルが使われています。いったい何色かな。答え合わせでは「あか、みどり、くろ、きいろ」とみんなで数えてみました。サトル・タカダの《子午線-1993》では彫刻の中に三角形がいくつ隠れているかなという問題。答えを聞くと「ええーっそんなに!?」。三角形はとても大事なのですね。最後は橋本真之の《果実の中の木もれ陽》。作品を遠くから見て、穴がいくつあるでしょうかという問題。答えは近寄ってみるとわかります。大きい穴もありますが、小さい穴がたくさん!ここから木もれ陽が射しこんだ時に中を覗くと、とても幻想的かもしれませんよ。
これから訪れる方もこのクイズに挑戦してみてはいかがでしょうか。

実際の洗浄(いよいよ本番)

《横たわる人物》フェルナンド・ボテロ
 参加者の皆さんにはワックス塗りと磨き上げをしていただきました。まるまると太った作風のブロンズ像をあらかじめスタッフが水と洗剤で洗浄しておきました。乾いた状態の像全体に、刷毛を使ってワックスを塗ります。ワックスはわりとすぐ乾くので、薄くむらなく塗るのにはある程度の塗るスピードも大切。皆さんも気を使って真剣に取り組まれていたようでした。そのあと布で全体をこすりますが、「磨き上げるのには結構力がいりますねぇ」の声があがりました。だんだんピカピカになってきて皆さん嬉しそうでした。

《果実の中の木もれ陽》橋本真之
 参加者の皆さんにはウォーターガンを使って洗浄をしていただきました。銅をハンマーで叩いて延ばしてかたちを整える鍛金という技法で造られ増殖・成長しているこの作品に、ウォーターガンで一人一人交代しながら水をかけました。水が強く噴き出すので初めはこわごわでしたが、皆さん上手く彫刻にあてることができました。そのあと洗剤とスポンジで汚れをおとします。くねくねとした彫刻を大人の方には上の方、子どもさんには下の手の届くところをまんべんなく洗っていただきました。皆さんは時々大きい穴から中を覗いたりしていました。最後にまた交代しながらウォーターガンで洗い流し終了です。

まとめ 
 講座室に戻り、皆さんに修了証、記念写真、おみやげにぶんぶんごまをプレゼントしました。人数は少なかったですが、その分よりフレンドリーに彫刻に触れていただけたかと思います。《横たわる人物》のワックスの磨き上げは仕上げをスタッフがしました。通りかかるおりには仕上がり具合もみていただければ幸いです。

群馬県立館林美術館を訪ねて

群馬県立館林美術館

リポーター : M.S.

 多々良駅を下車して出迎えていたのは狸の親子の置物でした。 20分ほど歩き、橋を渡ると群馬県立館林美術館の白く細長い平屋の建物が見えてきました。

 美術館の広くながらかな芝生には、彫刻のウサギが走っており、館内に入ると半円形のガラス張りの光の回廊が続きます。学芸員の松下様から、館林美術館は、まわりに畑や水田が広がって眺めの良い場所で、外の自然の空間と中の美術館がつながっていて、屋内展示物でありながら、外に開かれている等の説明を伺いました。 

 展示室では、フランソワ・ボンボンの彫刻(代表作はシロクマ)、ミロの鳥、バリー・フラナガンの仔象、ヘンリー・ムアの羊、その他を鑑賞しました。さらに、館林出身者藤巻義夫の生誕100年企画展では、昭和初期の上野や浅草などの、街並みを主題に木版画で表現した作品が多くあり、懐かしさを感じました。

 その後、林の中の渡り廊下を進むと、「彫刻家のアトリエ」がありました。このアトリエは、フランソワ・ボンボンの出身地、ブルゴーニュ地方のいなかの納屋を模した建物で、中にはボンボンのパリのアトリエが再現してあります。ポンポンが使用していた道具や写真、手紙など、制作のプロセスや時代背景について知ることのできる貴重な資料が展示してありました。

 最後に、地元の在野民俗学研究者、川島様の案内で、丘の上にある美術館から下って橋を渡ると、南側には江戸時代からの古い松林の保安林がありました。その中を彫刻の小径が約1km続いており、小径の両側に37体の彫刻が顔をのぞかせていました。多くの人に分かりやすいため、具象彫刻が多い様です。小径の彫刻すべてを鑑賞できなかったのは残念でしたが、北側の多々良沼を眺めて帰途につきました。当日は、青い空、白い雲、あふれる緑の中、すがすがしい1日でした。