彫刻ボランティア活動報告

ロダン《地獄の門》における鋳造問題

ロダン《地獄の門》における鋳造問題 講師:黒川弘毅氏(武蔵野美術大学教授)
埼玉県立近代美術館

彫刻ボランティア特別研修会
リポーター : K.K.

 彫刻家で、ブロンズ作品の保護・修復にも活躍されている黒川弘毅先生による特別講座、彫刻ボランティアとしては3回目となります。
 過去2回は、酸性雨などによる屋外彫刻の腐食に対する保護と修復、古代ギリシャにさかのぼる彫刻の原点への眼差し、いずれも実作者としての黒川先生の視点がよく感じ取れる講座で、われわれボランティアにとって、非常に有益かつ刺激的な内容でした。
 今回のテーマは“ロダン「地獄の門」における鋳造問題”。これだけでは何が語られるのか、よくわかりません。冒頭、黒川先生いわく、「今日の講座では、彫刻の廃頽について、見ていただくことになります」。 講座は2面のプロジェクタを使うという、立体的な進行となりました。
 「地獄の門」は言わずと知れたロダン芸術の集大成、というべき大作です。1900年のパリ万博にて、石膏原型が展示されました。実際にブロンズ像として鋳造されたのは1920年代に入ってからのことで、1917年に死去したロダンは完成形を見ることはありませんでした。
 鋳造を請け負ったのはルディエ鋳造所で、ここでは4体の「地獄の門」が鋳造されました。そのうちの一体は、東京上野・西洋美術館に設置されています。松方幸次郎の注文によるもので、これが最初の鋳造と言われています。
 さらに3体の鋳造が、クーベルタン鋳造所にて行われ、そのうちの一体、静岡県立美術館の「ロダン館」に設置されたものは、1990年から鋳造が開始され、3年後に納品されています。
 ロダン自身は、自ら石を彫るという制作はあまり行わなかったそうです。粘土による原型を作り、それを工房、鋳造所との連携によって、さまざまなサイズに複製(ムーラージュ)し、それらをさらに組み合わせる(アッサンブラージュ)ことで、多くの作品を生み出しました。“星とり”“パンタグラフ”といった技法が生み出され、さまざまな素材、サイズのバージョンを作ることが容易になっていったのです。
 ルディエの鋳造手法は“生砂型(グリーン・サンド・モールド)”という手法で、鋳造されたブロンズ像は角が膨らむ傾向があるそうです。一方のクーベルタンは“ロスト・ワックス(セラミック・シェル)という”、1960年代以降の工業的手法を取り入れた鋳造を採用。仕上がったブロンズは平面部がややへこむような特徴があります。
 この2つの異なる鋳造による「地獄の門」を、西洋美術館と静岡県立美術館で見比べることができるわけですが、黒川先生は静岡の鋳造を見たときに、「なんだかグニャっとした感じを受け、違和感を持ちましたと」いうことでした。わたしも静岡で実際に見た経験がありますが、西洋美術館のそれから感じ取れるソリッドさには欠けるような気がしていました。静岡の作品が鋳造されてあまり時間がたっていないせいかとも思いましたが、そもそもの鋳造法、そして素材そのものの原料比も違うであろうということには気づきませんでした。
 黒川先生は実作者としての直感から違和感を抱き、7体ある「地獄の門」を多くの資料を基に検証していきます。複数の石膏原型から、違う手法、違う素材で鋳造された7体のすべてを、ロダンの真作と捉えてよいものか、という問いかけでしょう。真作でなければ偽作、ということではなく、ロダンの生前にはなかった手法で鋳造された複製に、作家のパトスは込められているのか?
 「神への捧げ物」との意味を湛えたギリシャ古典彫刻に、芸術としての原点を見出す黒川先生ならではの鋭い視点と深い検証には感銘を受けました。

《泉ー9個からなる》と彫刻について

《泉ー9個からなる》と彫刻について 講師:遠藤利克氏(彫刻家)


埼玉県立近代美術館

彫刻ボランティア特別研修会 
リポーター : T.G.

 《泉―9個からなる》は、どのように生まれたのか。その世界はどのようなものなのか。

 過去の作品から現在の作品におけるつながりや、作品の精神性などを、スライドトークにより、とても詳しく解説して頂きました。遠藤さんはとても、気さくな感じの印象で、また彫刻への情熱はとても強く感じられました。

 作品の《泉》は、素材の木を炭化させています。そのためには、燃やさなければなりませんが、そうした制作行為が、解説からとても重要な意味を示していると分かりました。まずは、《泉》以前に制作されてきた遠藤さんの彫刻ですが、《泉》の円環状になるまでに、幾つか作品になってきました。そこには、制作の根底にある大切な意識がありました。それが、水というテーマでした。

 円環は、原型として大きな桶から始まります。やがて底を抜くことにより、円環となり、中のやわらかな丸みをそのままに、天(神霊の属する聖界)地(人間の属する俗界)を結ぶ大切な役割を果たす形となりました。(無限の器)

 最終的には、燃やすことが、とても神聖な儀式のように受けとられるところであり、また哲学的なところでもあると感じました。

 そこで、燃やすこととは、供犠(ぎょうぎ)であるとのことです。その意味は、神霊に対して供物や生贄(いけにえ)を捧げることとあり、その犠牲を聖界と俗界との媒介物として位置づけることができるとありました。つまり、ここでは、円環を燃やし炭化させることが供犠となります。

 それらにより、俗界は安定を回復するとともに生命力、浄化力、繁殖力を人々にもたらすという意味を成してきます。また、9個の配置については、炭化させるときの状態で自然の中にある様子をイメージできるようにし、位置にきまりはないそうです。

 さらに、制作にあたって生まれ故郷の岐阜県高山市での祭りからインスピレーションを得てきたことがあげられ、それが制作に大きな影響をもたらしてきたということでした。制作の後に遠藤さんは、昔から祭りの行われている場所の高山市の遺跡を改めて調べたそうです。すると、遺跡の形状は、木柱の下に石がありその下には、人骨が発見されていたことから、宗教的な儀式によって木柱がたてられた可能性があるとのことでした。また、木柱を円形状に並べた環状木柱列の遺跡は日本海側に多く分布していて、それらの下から、動物たちの骨が多く発掘されていることから、貝塚のようなものではなく、儀式的に埋められてきたと予測できるとのことです。(現在も調査中)

 まとめとして、遠藤利克さんの彫刻は、精神世界が多くを占めていて、制作の意図を知ることで、さらに深く鑑賞できると思いました。この円環が、人間の身代わりになって、これまでの自然界での人間の罪を引き受けてくれているようにさえ感じました。

 今回は、彫刻を写真で鑑賞させて頂きましたが、今後、作品を鑑賞できる機会に恵まれたら、彫刻の作り出す空間が、直接的に訴えかけてくれるのではないかと思いました。

 今後の遠藤さんの彫刻がどのように制作され、またどのような世界に広がっていくのか、とても楽しみです。

《無限の器について)》
人は、古代から水によって、生かされてきました。その水を、地底から発掘した遺跡のように考えると、古代の水そのものが、貴重なものに思えてきます。 初期の制作で、地底に器を埋めて水を中にいれたものがあります。その器に入った水は、無限の可能性を秘めていて、地底と地上を繋ぐ永遠性と連続性を生み出すものとなりました。

ワークショップ 彫刻あらいぐま、またまた参上!

埼玉県立近代美術館
リポーター : T.K.

~第3回・彫刻あらいぐま開催レポート~

あらいぐまワークショップも今年で3年連続となり、3期生が広報・取りまとめを担当しました。幸いこれまでで最高の親子計22名が参加、彫刻洗いやワックスがけを楽しみました。
■ボテロ作品にワックスをかける
洗浄したあと、皆でワックスがけ。ボテロ作品は子どもにとってけっこうな高さの台の上にあります。水で滑りやすくなっていることもあり、安全に気をつけながらの作業。水抜きの穴や、ボテロの作品の特徴などについても説明。 塗りムラ、塗り残しがないように目を配ります。

ワックスのあとは、布で磨きます。大人数なのでなかなか大変。台から落っこちてしまったり、疲れからかぐずってしまう子もいました。

■橋本作品をウォーターガンで洗う
まだまだ蚊が元気。虫よけスプレーをしてから洗います。ウォーターガンは、皆が体験できるように順番で使いました。
ウォーターガンを使ったあとは、洗剤をつけたスポンジで汚れを取ります。穴の中をのぞいたり、たたいて音を確かめたり。いつもは見るだけだった“芸術作品”が、今日は公園の遊具のよう。

-まとめ(反省・感想)-
今回は、彫刻洗浄ボランティアTシャツを着たり、修了証やあらいぐまシールをおみやげにするなど、前回よりもボランティアや「彫刻あらいぐま」イベントのアピールが出来たかと思います。
また、前回は少人数だったため、参加者全員で2つの作品を洗いました。しかし今回は、ボランティアメンバーのお子さんや、当日飛び入り参加の方も加わって、集合場所の講座室は大にぎわい。2班に分かれて交代で洗浄することになり、皆をまとめる大変さと、楽しさを感じることが出来ました。 反省点は、春日部高校の出張洗浄イベントのあとだったこともあり、ミーティングや欠席した方への連絡が不十分だったこと。当日、役割分担などでバタバタしてしまいました。また、特にボテロの洗浄時は滑りやすく、安全面の注意の必要性を感じました。

 -日程詳細-
 12:15  彫刻ボランティア集合。予備洗浄や受付準備
 13:00  受付開始
 13:30  ワークショップ開始。講座室で簡単なあいさつの後、移動
 13:45  洗浄作業スタート14:30  班の交代時に、ボテロの前で記念撮影   14:40  洗浄終了。講座室に移動後、クイズやおみやげの受け渡し
 15:00  ワークショップ終了、ボランティア反省会

「Talk & Wash プロジェクト」橋本真之作品洗浄

埼玉県立春日部高校
リポーター : S.K.

 彫刻ボランティアの初めての出張洗浄活動が出来ました。また、県立春日部高校の110周年記念事業のほんの一部にお役に立つ事が出来たかと思います。
出張洗浄の話は以前より出ていましたが今回のきっかけは今年1月、東京国立近代美術館でメンバーのひとりが彫刻家の橋本真之氏、春日部高校の先生に会ったことでした。春高の中庭にある橋本氏の作品《千年の感応》の手入れ(洗浄)について先生は橋本氏に相談されていたようです。

 2月度の定例会でメンバーより報告がありその後は担当の学芸の方より春日部高校の先生に連絡をとっていただき、5月の定例活動日には打ち合わせのため来ていただいて洗浄作業も見てもらい概略決定しました。また7月15日には橋本氏に来館願い少人数での打ち合わせと7月27日の定例会にてスケジュール等最終決定となりました。

 当日、9月27日(土)12:00参加ボランティアは東武野田線八木崎駅に集合し、春高内へ。洗浄作業用の道具を車で運んでいただいた学芸員のおふたり、そして橋本氏は既に作品の前に居られました。開会までにやや時間があり、新規に揃えた「あらいぐまのTシャツ」を着て洗浄作業の準備をゆっくりすることができました。ただ橋本氏は自分の車にキーを付けたままドアをロックするというハプニングでJAFを呼んだりしてゆっくりとはできませんでした。

 1:30視聴覚室にて開会、校長あいさつの後、参加者の紹介があり、肝心の春高生徒は美術部など20名程度が参加してくれてホッとしました。

 そして橋本氏のトーク、仕事内容を紹介するDVDを併用して作品についての説明などを約30分にわたりしていただ

いたあと中庭の作品前へ全員が移動、すぐに鍛金を判ってもらうため、金鎚で銅版を打ってゆっくり作業の実演、生徒の皆さんも少しずつ叩くことが出来ました。真剣な様子も見せてもらいました。

 2:40頃より後半の洗浄作業。メンバーより洗い方の説明のあと、作品を反転して中に溜まっていた水を排出し、高圧洗浄機にて全体を洗い洗剤・スポンジで汚れを落とし、仕上げには橋本先生ご提案のつばき油を布でのばし塗り上げて完成となりました。このほとんどの作業を春高生徒たちの手で行ってもらいました。作品はやや黒光りして立派に見えました。

 作業終了後の3:40頃食堂にて閉会式。春高同窓会長のあいさつ、春高美術部の感想を交えたあいさつのあと、私がボランティア代表として近代美術館の彫刻ボランティアについて、及び今回の催しの発端などについて話をしました。

 4:30現地解散となり学芸員の方には作業道具を車で近美に運んでいただきました。

皆様お疲れさまでした。ありがとうございました。



《果実の中の木漏れ陽》の作者・橋本真之さんのアトリエ

《果実の中の木漏れ陽》の作者・橋本真之さんのアトリエにまた行ってきました!

橋本真之さんのアトリエ
リポーター : K.K

 上尾在住の作家、橋本真之さんのアトリエには、以前にも一度、彫刻ボランティアのメンバーでお邪魔させていただきました。その時は上尾駅で待ち合わせ、アトリエまでの道すがら、幼稚園の庭、マンションの一隅、街路樹の一角など、さまざまなところに展示された橋本さんの作品を自ら紹介していただき、とても密度の濃い時間を過ごすことができました。2008 年9月、再び作家のアトリエを訪問する機会に恵まれました。

 さて、橋本さんの作品の大きな特徴のひとつ、それは「増殖」ということです。銅板を槌で叩き延ばしていく「鍛金」という技法により、作品はその形を現していきますが、作家の両腕によって表出するモチーフは、刻一刻とさらに新しいモチーフを生み出していきます。アトリエにはプライマルなイメージを描き表したドローイングがあり、作家の心中には完成形のイメージが確固として存在しますが、作品はあたかも生物(植物?)のごとく、自らの意思で成長し、メタモルフォーゼを遂げていきます。作家が作品の設置場所として植物のある環境を好むのは、樹木の成長と同時に作品そのものも成長していく、「増殖による共生」というテーマを常に見据えているからにほかならず、その意思が銅板を叩くひとつひとつの「鍛」にこめられているが故に、完成した作品はその形で固定されることなく、さらなる増殖を求める衝動を発露していくのでしょう。

 野外設置を前提とした立体作品の場合、たとえば石彫であれば、作家は設計図を引き、それを基に専門業者が実際の作成を担当するようなこともあります。そうでなければ完成できないようなボリュームの作品であれば、当然のことです。しかし、橋本さんの手法は、ほぼすべての工程を自らの手で行い、作業の大半はアトリエ内で行われます。おのずと、アトリエで完成できるサイズはアトリエの広さ、そして搬出可能なボリュームということに制限されていきます。橋本さんのアトリエは、天井の高いスペースですが、入り口の大きさ、また住宅街でもあることから2t車で搬出できるサイズまでしか物理的な制作は不可能です。アトリエ前の庭には、すでに多くの作品が所狭しと置かれていて、そろそろ余裕のない状態です(笑)。

 そんな状況でも作家の制作は進んでいました。宇部や竹橋の展示作品に接続(溶接)されるべきパーツが着々と成長しています。しかし、アトリエの内部で作業できるサイズはそろそろ超えそうです。そこで彫刻ボランティアの出動!

 アトリエに到着すると、橋本さんが出迎えてくれました。早速、アトリエ内に案内していただき、搬出作業開始。橋本さんの作品は巨大ですが、基本的には中空なのでそれほど重くはありません。しかし、単純なフォルムではないので、傷をつけないように搬出するには細心の注意が必要。そこは気心知れた彫刻ボランティアのメンバー、絶妙のチームワークで搬出作業に取り組み、庭への作品搬出を無事に完了しました。

 作業終了後は前回訪問時に続き、橋本さんに鍛金の実習をお願いいたしました。2回目の人は、上達したでしょうか?(笑)