当館の収蔵品の中でもひときわ人気の高い、クロード・モネによる《ジヴェルニーの積みわら、夕日》[以下、《積みわら》]。2026年は、1926年にモネが没してから100年目にあたり、各地で記念の展覧会が開かれています。当館の《積みわら》も、モネが晩年を過ごしたジヴェルニーの美術館から展覧会へ出品依頼があり、はるばる里帰りを果たしました。
2026年3月27日-7月5日「『睡蓮』が誕生するまで モネとジヴェルニーの出会い(Avant les nymphéas. Monet découvre Giverny, 1883-1890)」ジヴェルニー印象派美術館(Musée des impressionnismes Giverny) ※《積みわら》の展示は5月26日まで
ジヴェルニーはどういった土地で、モネはどのようなまなざしを投げかけていたのでしょうか。返却時の作品引き取りにあたり、ジヴェルニーを旅した篠原学芸員に話を聞いてみました。
ジヴェルニーは、どんな雰囲気の土地でしたか?
パリの北西約70km、セーヌ川沿いの小さな町です。モネの終の棲家と、モネと家族の墓がある聖ラドゴンド教会、ジヴェルニー印象派美術館などがある長閑な土地でした。最寄りのヴェルノン駅までパリから特急電車で40分、駅からシャトルバスで15分程度とアクセスがよく、日帰りもできるので、ヨーロッパ各地や遠く日本からも数多くの観光客が訪ねていました。モネとのゆかりを全面に押し出した人口500人程のこじんまりとした町なのですが、私が訪ねた5月下旬は大いに賑わっていました。大人から子供まで、たくさんの人々にモネが親しまれていることを直に感じられました。
ジヴェルニーはセーヌ川のほとりにあり、すぐ近くに水の気配があります。なだらかな丘に囲まれ高い建物もないので、ひときわ空が広く目に入り、日本よりも光の加減や移り変わりを強く感じられました。川沿いをランニングしたり、のんびりと散歩する人たちもいて、緑豊かなとても気持ちのいい環境でした。古くから河川交通が発達していた土地柄のため、ヴェルノンには、戦火を免れた教会や12世紀末の要塞、16世紀の水車小屋など、古い建造物が残っています。そんな歴史の香り漂う雰囲気にも、ともするとモネは魅力を感じたのかもしれません。
モネの家やジヴェルニーの美術館を訪れて、印象に残ったのはどんなところですか?
ジヴェルニーの町はずれにあるモネの家は、広々とした庭と、鮮やかな色彩の部屋をいくつも持つ立派な建物でした。モネの没後は一時期荒れていたそうですが、現在は修復が進み、庭園も手入れが行き届いています。初夏の庭には美しい花々が咲き誇り、混雑していましたがゆったりと散策を楽しめました。室内はモネが暮らしていた当時を再現して、多数の複製画や浮世絵版画が所狭しと壁にかけられていたのが印象的でした。モネが数多くの絵に囲まれて生活していた様子がうかがえました。
モネの家から歩いて5分少々、町の中心にあるジヴェルニー印象派美術館では、モネとジヴェルニーにスポットを当てた展覧会が開催され、当館の収蔵品も出品されました。ヨーロッパ各地やアメリカ、日本など世界各地から作品が里帰りを果たし、ジヴェルニーに移住する前の作品に始まり、時間の移ろいにモネが関心を抱き始めた頃、そしてジヴェルニーに拠点を移してからにいたるまで、30点弱の作品が一堂に集いました。贔屓目もありますが、当館の《積みわら》は多数の作品の中にあっても筆触のきめ細やかさや繊細な色彩が光っており、改めてその魅力を実感できました。
また、美術館の敷地内で、再現された実物の積みわらを目にすることができたのも面白い体験でした。高さは2m弱程で、ずっしりとした重厚な質感が鮮明に記憶に残りました。ジヴェルニーは豊かな自然が残る郊外の町で、モネが見た当時の景色も数多く残っているようです。《積みわら》に描かれたロケーションに近い丘も、当時の姿をありありと伝えています。今回のジヴェルニーへの旅は、モネのまなざしを追体験し、実際に作品が描かれた土地の空気感を知る実り多い滞在となりました。
篠原学芸員も、故郷で改めてその魅力を感じたという《ジヴェルニーの積みわら、夕日》は、MOMASコレクション2026.12.5-2027.2.28のモネの特集コーナーで展示します。このコーナーでは、モネの没後100年に寄せて、光の移ろいに焦点を当てた作品を広くご紹介する予定です。