当館の屋外展示場の一番奥にある階段には、人物を象った3体の彫刻が並んでいます。重村三雄(1929〜2012)によるそれらの彫像《階段》(図1)は、長期の野外設置により表面の劣化が進んでいたため、階段のタイルの修繕にあわせて修復を行いました。まさにこの場所のために制作された本作が設置されたのは、1990年10月のこと。35年以上の月日を美術館の傍らで過ごしてきた作品です。
重村の彫刻は一見すると金属製だと思われるかもしれません。実は重村の彫刻の多くはFRP(繊維強化プラスティック)という素材が用いられており、その上に金属調の塗装を施したものです。奄美大島出身の重村は、学徒動員など厳しい戦火の日々のなかで美術の道を志し、終戦後に密航船で本土へと渡ります。神戸で就職し美術研究所に学んだ後、1957年、大手マネキン会社への就職を機に、東京や埼玉を拠点としました。
初期は主に油彩画に取り組みましたが、当時、新しい素材として注目されていた合成樹脂との出会いが、重村を立体造形の道へと導きます。プラスティック工場などに勤め、蝋の原型を使った電鋳(でんちゅう)の技術や発泡樹脂などの扱いを習得した重村は試行錯誤の末、身の周りにある事物を直接的に型取り、ポリエステル樹脂で固める手法を確立しました。美術評論家の瀬木慎一はこれを「カタメタージュ」と名付け、重村について「画廊をモナストリーとして、この沈黙を固め、空虚を固め、眠りを固め、時間を固める」と評しました。 ※
重村による面白い試みの一つが、1978年に銀座和光のショーウィンドウで展開された《燻し銀の世界》です。2007年のMOMASコレクションの再現展示を覚えている方もいらっしゃるかもしれません(図2)。重村は不特定多数の眼に触れる街角のディスプレイを一種の個展の場と捉え、ニューヨークで見かけた道路工夫の姿を元に、ユーモアの中に緊張感が漂う宝石泥棒の群像を生み出しました。燻し銀色の塗装は、指紋まで再現された限りなくリアルな虚像の違和感を浮かび上がらせ、鑑賞者に見ることを促す仕掛けでもありました。当館の《階段》はそんな重村の「カタメタージュ」の世界を間近で堪能することができる作品です。先月(2026年6月)に無事修復を終え、現在は屋外展示場でご覧いただけます。