デジタル技術が加速度的に発展し社会に浸透した現代において、写真や映像という表現形態を選んだアーティストたちは、動画像編集ソフトによる加工や合成、コピーやスキャニング、さまざまな出力方法を用いたインスタレーション、ソーシャルメディアやフォトシェアリング・プラットフォームを利用した双方向的な手法などを複合的に駆使して、その表現言語を更新し続けています。新しいテクノロジーから伝統的な手法までがひろく選択可能性に開かれた状況から、写真と映像の可能性を拡張する意欲的な表現が次々に生まれるスリリングな場に、私たちは立ち会っているのです。
 この展覧会で紹介する4名と1組のアーティストは、こうした状況をふまえつつ、メディアの物質性を重視した独自のアプローチによってこの領野に新機軸を打ち出しています。数百枚の写真を積み重ねて切断した断面、くしゃくしゃに折りたたまれたプリントの物理的な襞、映像から立ち上がる観る行為に潜在する触覚的な要素など、彼らの作品における特徴的な物質性は、単にフェティッシュなこだわりによるものではありません。おのおのが用いるメディアの歴史や特性、機能に鋭く分け入り、それを更新するための戦略によって獲得された性質なのです。
 彼らの作品をラディカルな再考と更新をめざす「新しい写真的なオブジェクト」と措定し、著しい速度で変化する現代の写真表現・映像表現の一断面をとらえることがこの展覧会のねらいです。それはまた、私たちをとりまく今日の視覚環境について、深く考えを巡らせる絶好の機会となるはずです。

迫鉄平(さこ・てっぺい)

1988年大阪府生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。瞬間を切り取るスナップ写真の技法を応用した映像作品や、複数の瞬間を一枚の写真に畳み込むスナップ写真のシリーズにおいて、「決定的瞬間」から被写体と鑑賞者を解放することを試みている。何の変哲もない光景をとらえたスナップ写真を時間的に引き延ばしたかのような映像作品で、2015 年の「Canon写真新世紀」グランプリを受賞。近年の主な個展に「CHILL TOWN」(VOU、京都、2017年)、「FLIM」(Sprout Curation、東京、2018年)、「All Along The Watchtower」(YEBISU ART LABO、愛知、2019年)など。加納俊輔、上田良とのアーティストユニット「THE COPY TRAVELERS」としての活動も行う。

迫鉄平 《2014年のドローイングブック》 2018年、シングルチャンネル・ビデオ

滝沢広(たきざわ・ひろし)

1983年埼玉県生まれ。大学で心理学を専攻した後、写真を用いた作品の発表を開始。作品の被写体の多くは、膨大な年月をかけて経年変化してきた石や岩、コンクリートなどのテクスチャーで、そのプリントを重ねる、切断する、くしゃくしゃに折り畳む、あるいはスキャンし出力した写真を再撮影するなどの多様な手つきによって、被写体自体の原料属性から離れ、重厚で物質的なイメージを創出する制作を展開している。主な個展に「figure」(実家JIKKA、東京、2014年)、「AVALANCHE/SHEET/DUAL」(rin art association、群馬、2017年)、グループ展に「VOCA展2019現代美術の展望-新しい平面の作家たち」(上野の森美術館、東京、2019年)など。

滝沢広 「AVALANCHE/SHEET/DUAL」展示風景(rin art association、2017年) ©Hiroshi Takizawa Courtesy of rin art association

Nerhol(ねるほる)

グラフィックデザイナー・田中義久(1980年静岡県生まれ)と彫刻家・飯田竜太(1981年静岡県生まれ)によるアーティストデュオ。2007年よりNerholとして活動を開始。ある条件下で撮影された数百枚の写真を積層し、彫り込む手法による制作を継続している。人物をはじめ街路樹や動物、流れる水、あるいはネット空間にアップされた画像データや記録映像など多様なモチーフを選びながら、それらが孕む時間軸さえ歪ませるような作品を制作。そこでは一貫して、私たちが日常生活を過ごすときには見落とされがちな多層的存在態を解き明かすことが試みられている。近年の主な個展に「Index」(Foam Fotografiemuseum、アムステルダム、2015年)、「Promenade」(金沢21世紀美術館、石川、2016年)など。2014年にFoam Talent Call 2014に選出、2020年「VOCA賞」受賞。

Nerhol 《Portrait of Mr. Yoshida》 2017年、インクジェット・プリント ©Nerhol Courtesy of YKG / Yutaka Kikutake Gallery

牧野貴(まきの・たかし)

1978年東京都生まれ。映像作家。日本大学芸術学部映画学科卒業後に渡英、以後国内でカラーリストとして多くの劇映画やCF、ミュージックヴィデオなどの色彩を担当する。2004年より自身の映像作品の発表を開始。自然現象や風景など既存の事物をフィルムやヴィデオなどのフォーマットで撮影し、編集段階でさまざまな操作を行う。複雑な事後加工や重層化の操作を経て制作される独特の有機的な抽象映像は、国際的に高く評価されている。2012年のロッテルダム国際映画祭短編部門でグランプリにあたるタイガーアワードを受賞した他、国際映画祭での受賞歴多数。近年は上映だけでなく、インスタレーションやライブ演奏と合わせてのスクリーニングなど、領域横断的な制作・発表を行っている。

牧野貴 《Still in Cosmos II》(部分) 2016年、プラチナ・プリント ©Takashi Makino

横田大輔(よこた・だいすけ)

1983年埼玉県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。撮影後のデータ加工、出力や複写の反復、特殊な現像方法などを複雑に駆使した写真で、記憶と現在、イメージと現実の関係性を問う制作を行う。2010年に第2回写真「1_WALL」グランプリ、2013年Unseen Photo FairにてOUTSET|UNSEEN Exhibition Fund、2015年Photo LondonにてJohn Kobal Residency Award、2016年Foam Paul Huf Award、第45回(2019年度)「木村伊兵衛写真賞」を受賞。FoamFotografiemuseum(アムステルダム)での2度の個展開催(2014年、2017年)をはじめ国内外での展示・発表、これまでに『垂乳根』(Session Press、2015)や『VERTIGO』(Newfave、2014)など数多くの写真集を国内外で発表している。

横田大輔 「Room. Pt.1」展示風景(Guardian Garden、2019年)

2020/07/05

[TV] 日曜美術館 - アートシーン |「New Photographic Objects 写真と映像の物質性」NHK

2020年8月16日現在

牧野貴 スクリーニング&トーク

映像上映と作家によるアフタートークです。
日時:8月15日(土)14時00分〜16時30分(開場は30分前)
会場:2階講堂
定員:40名(完全予約制、先着順)
費用:無料
プログラム:14:00~
「Untitled (March 2020 - June 2020)」 20分 (世界初上映)
「Memento Stella」60分 牧野貴による音楽演奏付き上映(国内初上映)
15:20~15:30 休憩、トーク準備
15:30~ アフタートーク
聞き手:大浦周(当館学芸員・本展企画者)、梅津元(当館学芸員)

本展のカタログはCase Publishingより一般書籍として刊行予定です。
作家ごと別個に制作する5冊の冊子に、展覧会のインスタレーション写真を収録した記録冊子を加えた計6冊をシェルボックスに収める仕様。展覧会における展示と連動しつつ、作家ごとに判型や用紙、造本方法を変えた印刷物によってそれぞれの特徴を際立たせ、展覧会のテーマを別の回路から掘り下げることを目指しています。
以下では、制作中の色校正紙と束見本を紹介しています。